明日は母の日

おそらく1年前の今頃、母は私のことがわからなくなったと思う。というのも、お盆と年末ごろの年2回、墓参りと合わせ母のいる施設に会いに行く程度なもので、いつからわからなくなったのかが定かではないから。

それまでは、私のことがわからなくても、スタッフと間違えようが会って母の笑顔が見れるならそれでいいと思ってた。けれど、実際にわからなくなった母に会うと、そんな甘いものじゃないと思い知らされる。

母はあまり社交的ではなく他人には気を使ってばかりなので、娘だということを認知できないと、私にまで気をつかってしまう。では娘だと伝えればいいと思うけれど、伝えれば認知できていない母の頭を混乱させてしまう。母にとって私は全く見も知らない人で、気をつかう相手となる。娘と伝えても、スタッフになりきっても、母を疲れさせてしまうだけ。せめて会える時間だけでも母を喜ばせるなんて思いあがりだったのかとも思ってしまう。それに、もうあの屈託のない笑顔が見れないのかなと思うと寂しい。

でも、よかったと思うこともある。
認知症になる前の母とはどうも折り合いが悪かった。会えば子供が、、、とか、どうにもならないことを言われて、会話にならない、ましてや旅行など考えたこともなかった。けれど、父が他界し、母の認知症が進むにつれ、母を温泉に連れていきたいと思うようになり、パートナーの協力もあって何度か旅行に連れていくことができた。
施設にいる母に会いに行くと満面の笑みで迎えてくれる。母があれほど満面の笑みになっているのを見たことがない。いつもいろんなことを憂慮してたからね。花を見て無邪気ににおいをかいで笑い、大好きなカニを食べておいしいを連発し、ソーダ水を飲んでは子供のように喜ぶ。大好きという言葉も伝えることができたし、こんな母を見れたのは、ほんとうによかった

ただいてくれるだけで私の大きな心の支えとなる。
もうありがとうを伝えても、伝わらないだろう

明日は母の日
心の中でたくさんのありがとうを伝えたいと思います。

 

今日はとっても個人的な話でした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます

皆様にとって、素敵な母の日となりますように


元々ちっちゃいけど、さらに小さくなった母
無邪気にバラを見ていた数年前

198/1000

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です