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今夜はスーパームーン

今年は1度しか訪れないらしいスーパームーンが今夜見れるのだそうです

けれど外は大雨(^_^;)
そして、私はそういうふうに聞いて見れたことがありません。

理由は、忘れるからです(爆)

月のパワーを信じてないわけでもなく、素敵だなぁと思うのですが、左右され過ぎるのはつらいかな
空が大好きで、ふと見上げたときに雲がいろんな形になって行進していたり、全く雲のない澄んだ青空に吸い込まれそうになったり、夜に見上げた星空がきれいに輝いていたり、ゴミ出しに行った帰りの朝空に月と太陽が同時に見えたり、、、そんな予想できない素敵な訪れがよいのです。

でも、スーパームーンのパワーはすごいらしいから、
皆に幸せが届くといいなぁと願ってます(^人^)
ところで、今回のスーパームーンって、どんなパワーなんでしょうか?

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目は口程に物を言う

ふっと見えたものが人の顔のように見えることありますよね(汗)

一人でボーっとしている時に、視線を感じるなと思ったら、ただの点の集まりだったとか。
影の集まりだったとか、、、

類像現象とかシミュラクラ現象とかといわれているものなのですが、脳が人を認識するときに目を見る機能が本能的にあるからなのだそうです。苦手な相手とは目を合わさないし、逆に大尊敬の相手も神々しくて目を見るのをはばかることもあるかもしれません。

目は口程に物を言うということばがあるように、目が語っているから、人は相手を知ろうとして目を見るのでしょう。

最近、ものすごく輝いている目を見つけました
友人が飼っているわんこです(*^^*)

本当にキラキラしてるんですよ。純真無垢というか
動物と触れ合うと癒されるのは、これがあるからかもしれません。

めざせ輝く目☆ミ

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チャリティ用のトレイ

写真はガラスアート教室を開催していたころの生徒さんの作品です。
ボランティアを長年されていて、そのチャリティ用に大量に製作されたもの。収益金だけじゃなくて、材料費もこの製作にかかった教室代も全て生徒さんが賄ってました。とにかくなんでも細やかに心配りされる方で、教室に通ってくださってるお客様なのにこちらの時間やコストまで負担がないように気遣っいただいてました。例えば、カッターの刃1枚でも節約しようとするとか、教室の時間も片付けの時間を入れて早めに切り上げるとか、、、私はもう少しお話ししたかったのですけどね。

派手さはなく、古い着物をあつらえなおして洋服にしたり質素にされていましたが、実はものすごいセレブ。お着物は品質の至極良いもの(私では見当のつかないのでごめんなさい)だったのですが、お母様からのおさがりだとおっしゃってました。物を大切にされるお心が、人や人の時間などもとにかく大切にされることにつながっているのだと思います。

いまさらながらに、素敵な方に出会えてたんだなとしみじみ思ってます。
私も見習いたい。時間はかかっても、少しづつ彫りすすめていきます~
喜んでもらえるといいな

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苦しい時に愛の種を見つける

お師匠さんの発信している言葉の中に、苦しい時や辛い時に愛の種を見つけましたか?というのがありました。

いつもメルマガにご返信くださっている方がいらして、今回のお便りにご家族の病気のことがしるされていました。無理のできないご病気で、家事を代わりにやったりと生活が一変。それにもかかわらず、お便りくださっていたので、ご本人様が心配です。

といってもお見舞いの言葉しかお伝えできません。
ですが、その言葉を大切に受け取り、周りの方々に心配頂いて助けられていると感謝の言葉を送ってくださったのです。そんな大変な状況の中にも、笑顔の材料を見つけ、そして前に進んでらしている。涙出そうです

冒頭のお師匠さんの言葉「苦しい時に愛の種を見つける」がつながります。
この方は、大切なものをちゃんと受け留められているのだと。苦しい時はその苦しさゆえに自分の不幸を恨みがちなのですが、それを恨んでしまうとその恨みのエネルギーが自分自身に向けられてしまうという呪縛にかられます。他人をうらやんだり妬んでも同じ。自分自身の今あることを受け留めることで、大切な愛の種に気付けるのですね。

私は幸いとたくさん見つかりました。けれど、受け取る資格がないと無意識のうちに呪縛をかけていたようです。自分自身のことはなかなか気づけてないことは多いですね

471/1000

ありがたいこと、そしてお返し

この歳になってますますちょっとしたことに感情が動かされ、ついほろっとなってしまいます。
元々泣き上戸で、ニュースを見ては泣いてたりしたので、私が感動するよと薦めたものは「どのくらい感動するのか信用ならない」と言われる始末でした(笑)

それでも今よりは平然としてたように思うのは、時間は限られているのだということをあまり認識できてなかったからじゃないかと思うのです。

特にそれを感じたのは、一昨年、とても大切な友人を癌で亡くした時
なかなか会えなくて、また今度と言っているうちに、彼女は天に召されてしまいました。

彼女のことを度々話すのですが、今でもすぐに言葉に詰まってしまいます。

人はだれしも生まれたときから死に向かっている。
死を意識することこそ、生きることではないのかなと

これ、人生だけではなくて、いろいろなことに置き換えれるなと思うのです。人との縁が切れるときも同じ。縁は永遠でないのだと意識すると、より大切にできる。まめじゃないし、忘れっぽくて、、、こんな私なのですが、いただいたご縁やご恩はずっと私の中にいきてます。そして自分がそれをお返しできる人間でありたいです。

神様、どうぞ私がお返しできるまで、がんばらせてください

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ジャッジもすべて一度受け入れてみる

人間関係の肝で「ジャッジ(審判)すること」の危険性はよくいわれるところです。人は多かれ少なかれ意識的にも無意識でも判断基準に他との比較があるのでジャッジをしているものだと思います。ただそれが多くなり過ぎると、ジャッジして否となれば、脳内ではより否を探し求め、相手をとことん糾弾する糸口になってしまいかねません。それは自分自身にも起こってくるわけで、しかもジャッジすること自体に判断決定が伴うのでエネルギーを使います。
(ジャッジについては検索するととても詳しくわかりやすい説明がたくさん出てきますのでそちらを見てね)

ここ1か月ほど支援いただいた方とお話しした際に気付いたことがあったのです。

自分に向けたジャッジも、自分自身に対するジャッジ
それに他人がいろいろとジャッジしていることも一度受け入れてみたときにみえることです。

ジャッジは意識レベル(顕在意識)よりも無意識レベル(潜在意識)で起こることが多いです。意識できていることはほんの数%で、無意識が占める割合はなんと95%。人は毎日9000回以上の意思決定をしているといわれ得います。その95%が無意識で行われていると考えると、かなりの恐怖です。
自分自身で気付いていないわけですからね

ところが、他人はその判断基準+行動・結果に対していろいろとジャッジしてくれるわけです。自分自身でさえも、「あぁ自分はなんてダメなんだ」とか、「これでは〇〇から評価されない」「自分が必要とされているのは、▲▲があるからだけだ」などとジャッジしてます。このジャッジが、心地よくないこと、心がざわつくことがあります。これが自分の無意識下が見える化するきっかけなのです。

そこに耳を傾けてみる、一度そのジャッジを有難い師からのアドバイスとして受け入れてみると、自分の恐れや願望が浮き彫りになってくるのです。ここ最近、それを何度も経験しました。

そして、逆のパターンもあります。
それが、よくジャッジしている人の言葉に耳を傾けること。その人の潜在意識がほんの少しでも観えはじめます。ここまで書いてて何なのですが、ジャッジはネガティブなことばかりではなく、よいジャッジもあります。なので、相手が本当に求めていることがわかるきっかけになるのだと思うのですね。

だらだら長く書きましたが、2行でまとめれます(笑)

良くも悪くもジャッジしている人の言葉に耳を傾ける
これが、相手(自分も含め)をより知ることにつながるのだと。

464/1000

早起きは三文の徳、でも危険なの?

早起きは三文の徳

と幼いころより教えられ、何度となく早起きトライしては挫折しを繰り返してきています。今はまた4時半起きを続けてて、とても眠いです。睡眠時間はいまちょっとだけ減ってはおりますが、明け方近くまで起きていた時もあって、元気だったその時と何ら変わりません。でも眠いのです。

これも習慣ではあるので、体内時間をセットできれば問題なしのはずです。

ただ、気になる実験結果(元記事は下部にリンク先あり)も出ています。いつだったか、どこかでシェアしたことがあって、早起きは心筋梗塞などの危険性を孕んでいるのだそうです。これはただ事ではありません。私のパートナーは二度の心筋梗塞を起こしていて、実はとんでもない早起きさんです。ほおっておいたら、3時ぐらいに起きてしまうのですね。3時って、私がちょっと油断した時の寝る時間です(^_^;)

遅すぎるのも問題ですが、早過ぎるのも良くないのかもしれません。あ、でも、平安時代の人は3時ごろに起きてたらしい文献も確かありました。世のため人のため、早起きでできることはいっぱいで、それが「三文の」につながっていて、昔の人はそれを実践し徳を積んでいたのかもしれません。

まぁ、実験結果が出たとはいえ、平安の人たちの風習も考えてみたり、早起きをして元気いっぱいの人たちを見ていると、すべてが当てはまるのではないように思います。ただ、身体的にそういう危険性もあるよと気にかけるようにはしたいと思ってます。

そして、一番良いのは、自分の体の変化に気付けることですね。
それにしても私には早起きは身体があっていないような、、、A(^_^)

「早起き」すると寿命が縮む! オックスフォード大の研究で判明

456/1000

日本の教授の人数

日本の教授ってどのくらいいらっしゃるのでしょうか

教授にご就任された方への贈り物にご依頼いただいて、日々どのくらいの教授が誕生しているのかなと少々気になって調べてみました。日本の大学の教授人数の推移はあまり変わらずで平成28年で69465名。国公私立あわせてです。助教が4万人、教員が18.4万人。教員に対する教授人数は、4割弱。
参考:産学官連携ジャーナル/科学技術振興機構

すでに7万人近くの教授がいらっしゃって、新たに教授誕生となるにはかなりの難関のような気がします。テレビでしか知らない教授の世界で、勝手に想像するのはいかがなものかと思うのですが、お祝いのお手伝いの際に、どんな労苦があったのかなぁとか、いろいろと考えてしまうわけです。

そして、想像がその背景にまで行ってしまい、もう想像がどんどん膨ら未妄想の世界へ突入。
できれば、先様の背景がわかるとうれしいですね

兎にも角にも、ご就任は今後を期待されてのこと
おめでとうございますとともに、ますますのご発展お祈りいたします

話は変わって、先日、特許取得のお祝いでトロフィーを製作した際にそのうちのお一方が2つの特許を同時に取得されてました。特許についても未知の世界で、2つも!ということに驚いたわけです。教授の人数を調べる際に参考にした産学官のデーターには企業の特許の数などもあり、特許出願件数は年々減少していました。
何かを成し遂げるって、本当に素晴らしいことですね。尊敬します

455/1000

言葉の癖は潜在意識にあるもの

無意識に使っている言葉を意識してみるといろいろなことが観えます。

ここのところ口癖になっていたことを指摘されてハッとしました。そんなつもりはなかったのに、と思っても、これが私の潜在意識を占めているものなのです。ひゃーーー。たかが言葉と思うなかれ、そう自分に言い聞かせました(^_^;)

さてさて、そういう言葉のお話をしていた時に、相次いで言葉についてのお話を目にしました。自分が言葉を意識しているからキャッチしやすくなっているのはあります。が、今かみさまからのお試しが来ているのだなぁとおもわずにはいられません。

その1つが今日読んだメルマガです。

言葉のクセというのは
中々直らないものですね。

人前で話していて、
いつも同じ言い回しをしている自分に
恥ずかしくなることがあります(笑)

意識すればするほど、
長年使った言葉のクセは手強く、
無理に矯正しようとすると、
会話がぎこちなくなったり
咬んだりするので実に厄介です。

私たちの会話は、
肝心の部分を省略したり、
歪曲して話すことが多いです。

「良き家庭は良き社会を創る」を基本理念とした無料メールマガジン【羅針盤】より
購読申し込みはこっちから

そう、まさに!です。ものごとは全ていろいろな側面を持ってます。ポジティブなこともあればまた逆も。そして、どちらともない側面だってある。それを一つの視点だけにしてしまうのはあまりにもったいないなぁと、読んでていろいろと気付かされました。

ネガティブな言葉をポジティブに変える方法など分かりやすいように書かれてますので、上記リンク先で読んでみてくださいね

 

453/1000

黙とう 24年経ちました

黙とう

阪神・淡路大震災から24年
24年前の1月17日5時46分、芦屋の自宅マンションで友人と寝ていました。
直下型の縦揺れによるどーんと大きな音?とともに一瞬体が下に落ちたような感覚に目を覚ましたのですが、地震とわからず、その後何事もなかったかのような静けさにうとうと寝入ってしまいました。起きても、電気はつかず、寒いし、テレビもつかず何が起こったのか把握できません。

友達と芦屋地震かな?とかいいながら、マンションを出ると周りはひどい有様で、電話ボックスは長蛇の列。向かいの大邸宅は全壊で空が妙に明るく感じたのを覚えています。時折、倒れているから助けが必要だと叫んでいる人の声や、連絡が取れないと怒っている人の声も聞こえてきます。そんな状況でさえも、どれほど大きなことが起こっているのかはわかっていなくて、まわりからは悲壮感や絶望感は感じられず、この全てが滞っている状況にただ辟易しているようでした。

時間が経つと悲壮感が出てきます。車は通れないし、情報も入ってこなくて、店という店はどこも並んでいて、ようやく入った時には飲食物はほぼ売り切れ状態。何もないことに怒っている人もいれば、肩を落としている人もいる。

当時、全国展開するエステサロンに勤めていて、友人と私は三宮店に勤務していました。東京の本社に電話すると「近隣の人と連絡を取り合って芦屋店の復興にいそしみたまえ」と社長からの言葉(^_^;)。ねぎらいの言葉もなく、本社に電話するのでもえらく時間かかって、それが精一杯なんですけどーとも言えず、電話終了。

ともかく芦屋店まで行って状況確認するも、損壊状態はひどくて私たちに手に負えるものではありません。帰り道、食糧確保しようと思っていたところ、炊き出しをしていました。家が全半壊した被災者たくさんいて、そんな中で少ないおにぎりをいただくわけにもいかず(あ、塩おにぎりでした)、道ばたで売っていた怪しいおばさんのパンを高値で購入。消費期限切れてたけど…そんなことは構いません。ありがたかったですねー

電気、ガス、水道のライフラインは当面復旧しないため、友人の家(大阪)にお世話になることになり、電車が使える駅まで線路を大きい荷物を引っ張りながら歩いて行ったのです。同じように考える人はいるものですね、線路は歩く人でいっぱいになってました。

道すがら見る光景は、高架が落ちてジェットコースター化した線路や大きな道路に横倒しになったビル、落ちてしまった駅の入り口、全壊した家屋から助けようとしている人だかり、映画の特撮でも見ているようで現実に起こっていることとは思えませんでした。

多くの方が命を落とし、また生活の基盤をほとんど失う人も続出でした。私たちはマンションが丈夫だったおかげで被害はありませんでしたが、特に被害はない私たちでさえ、ライフラインが使えないと住むこともできず、生きるため、その他のことはほとんど考えてなかったように思います。いろいろな感情はあとから。とにかく、みんな必死だったと思います。

今こうしてあることに感謝し、お祈りを捧げます

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