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上杉鷹山の教えより

江戸中期、17歳の若さで婿入りしていた莫大な借金を抱えた瀕死の米沢藩を継ぎ、藩を立て直し、借金を返済し、名産まで作ったという上杉鷹山

鷹山の名前は知らなくても鷹山の言葉「してみせて、言って聞かせて、させてみる」とか「成せばなる 成さねばならぬ何事も 成らぬは人の 情けなりけり」はご存じなのではないでしょうか
あのケネディが最も尊敬する日本の政治家といっていたそうです。

その鷹山の話を読んでいて、鷹山が藩を立て直す前に自分で取り決めしていたことが紹介されていました。自分を律するため、自分だけのために書いたとされる「受けつぎて国の司の身となれば忘るまじきは民の父母」。誰に見せるでもなく、自分を律するためだけに、まだ十代の若き藩主が書いたんです。あまりに遠すぎで、私の気が遠くなりそうです。

この話を読んでいて、志を持つことの意義を思い出させてくれたようでした。

ガラスが好きで、ガラスアートの世界に趣味で入り、趣味ではお金がかかるからと仕事にし、、、そんな胸を張って言えることが何一つないスタートでしたが、ギフトに携わり、多くの人の笑顔に触れていくうちに、ささやかでも社会に笑顔の貢献ができるのではと思うようになりました。私には子供がいません。親の気持ちには足りないかもしれませんが、子供はこの世で最高の宝だと思ってます。なので、子供が健やかに笑顔で過ごせる世の中であってほしいと心から願ってます。
そんな世の中は、大人にゆだねられてます。でもみんな仕事で疲れ、心まで疲弊していて、元気がない。心からの笑顔は人が人を思うときに生まれます。
そのきっかけの一つがギフトになるように思ってます。たった一言の「ありがとう」「おめでとう」が人の心を豊かにするんです。

鷹山の話をしていて、自分の志を思っているとこっぱずかしいですが、こういうことを宣言することも大切なんだなと思いました。そして、鷹山のように自分の中での取り決めもがんばってみます

 

22/1000

感得

少し遠方に住んでいるパートナーと毎日電話で話をしています。お互い時間の制約があり、会おうと思うと2時間弱かかるのでなかなか会うまでには至りませんが、毎日の電話であっている時よりもお互いを理解できるようになったと思います。

阿吽の呼吸というのではありません。
最初は手探りで、ぶつかったり、お互いが争いごとを避けるために沈黙が続いたり、なんだか不穏な空気も流れて、しっくりこないこともたびたびでした。それでも話をするのです。もちろん、気持ちがヒートしている時に傷口に塩を塗るようなことはしません。ちゃんと保留し、タイミングを考え話すのです。

最初は理解というより、感得です。
相手さえも自分の気持ちに気付いてないことが多いのですから、気持ちを聞いたところでわからないんですね。相手の気持ちを理解しようといろいろ聞いてても、相手が本音を言おうとしていても、潜在的に抱えている思いはなかなかでないんじゃないかと思うのです。それは自分も同じことです。なぜ相手の何気ない言動に反応しているのか、自分ではわかりません。

受け取ろう、理解しようとすればするほどに、そこに自然じゃない力が働くため、観えなくなるんですね。
そのまま感じること。観ること。自然は作為も局所的な力も働かないので、本来のものが観えやすくなります。観る側のフィルターはどうしてもかかっちゃので、そこは要注意ですが、思いもすべて波動なので、いつしか自分が観え、相手も観えてくるようになります

なんだかややこしいことを書きましたが、思惑だとか作為だとか裏をかいているだとか、、、そんなものじゃなく、ただただそのまま感じて受け取ることを繰り返していく。それだけでいいのだと思います。

喜んでくれてたら、素直に喜べばいい
その喜びの裏にこんなもの欲しくないと思ってるんじゃなかろうかなんてことは考えないほうがいい。そんなことを思って何かをしてくれてるのだと気づいたら、ちょっと悲しくなります。自分が喜んだことで相手も笑顔になると、また自分もうれしいものです(^^)

21/1000

干渉する人

「職場に苦手な人がいて、ストレスがたまるんです」

と話されてたのは、『職場の上司(でもないけれど年上の)が、やることなすことチェックを入れられて、挙句が私生活にまで口を出し、役に立つどころかそれをやったらあかんやろーというようなアドバイスという名の押し付けをしてくる』ことで、なんだか不穏なものをため込んでいる方でした。

これ、あるある~な悩みですよね。あらゆる職場やコミュニティでおこりがちなことで、干渉する人は悪気なく、あるいはいいことをしているぐらいの気でいる場合もあります。ですが干渉されている本人からすれば辛い。そして、その干渉から逃れようとすればするほどに干渉されてしまうんですね。

ストーカーまがいの危険な行為でなく、同僚のちょっとした干渉とかであれば効果的な方法があります。

逆説的ですが、
自分が相手を受け入れること

干渉してくる人は、みんなあなたに興味があります。

人間関係で悩むとあれやこれやと模索して、余計に関係をこじらすことがありますよね。そんな時に役に立つかもしれません。
最初は受け入れがたいことばかりだと思います。なので、受け入れなくちゃと構えるのではなく、あぁ、そうなんだと観て留める。否定もせず、肯定できなくてもいい、ただ観て留めることを繰り返すだけです。それを毎日やっている、とっても簡単なことが相手との関係性をすごくよくしてくれてます。

私たちは普段、観ているようで、全然観てないんです。目に見えるものだけで判断しがちなんですね。ですので、ちょっと嫌だなと思ってた相手の行為は、表面だけで判断しているかもしれませんね。

素敵な関係築けますように(^^)

20/1000

白隠禅師の教え

時は、江戸中期。
駿河国原宿(現在の沼津)の村に住む未婚の娘が父親のわからない子を産みました。娘の父親は、子の父親の名を何度も聞きますが、娘は怖くて本当のことが言えません。そこで、その相手が近くの松蔭寺の名僧 白隠禅師であれば父も許してくれるであろうと考えた娘は、子供の父は白隠禅師だとウソをいいます。

激怒した娘の父親は、白隠禅師のもとへ行き「この生グサ坊主!娘を傷物にしおって、お前の子だ」といって、赤ん坊を突き出したのです。当然、身に覚えのない白隠禅師ですが、拒否も何の言い訳もせず「ああ、そうですか」といって、赤ん坊を受け取ります。

そうして、その日は米のとぎ汁を赤ん坊に与え、次の日から村中をもらい乳してまわるのです。高僧として尊敬されていたのに、次の日にはさげすまれ、弟子や信者も離れて行き、村中から悪口・陰口をたたかれます。それでも、白隠禅師は一向に気にも留めず、もらい乳を続け、赤ん坊を育てていくのです。

そんな白隠禅師の悠然たる姿を見ているうちに娘は自分の良心の呵責に耐えかね、父に本当のことを話します。驚いた父は白隠禅師のもとに駆けつけ非礼をわび、赤ん坊を返してもらうよう頼みます。白隠禅師は、そのときもまた何事もなかったかのように「ああ、そうですか」といって赤ん坊を返しました。

禅の教えそのもので、あるがままを受け入れる、智慧と慈悲に満ちて、ただただすごいと思ってしまうエピソードです

アトリエピジョンのオーダーは9割以上がギフト。ギフトそのものが祝福をしているのだと日々感じています。祝福することはすでに相手を受け入れてること。つまり、あるがままを受け入れているのではないかと思うのです。

ギフトをするのは、心に余裕があったり心が豊かでないとなかなかできないことです。そう思うと、ギフトをする方からのご依頼を受けるたびに、その豊かなものに触れさせていただいているのだと思えます。感謝

19/1000

ステンドツリーランプ

ステンドグラスランプ ツリー ブルー

ガラススには様々な種類があるもので、特にステンドは色や風合いがすべて違っていて魅力的です。中でも『ハンマード』と呼ばれる凸凹の風合いのあるブルーガラスを通した光が、なんとも幽玄。

数年前に、このガラスを使ったランプをステンド作家の小橋氏に作ってもらいました。
ツリー型のランプを依頼し、ブルーやホワイトの単色で風合いが出るもの。これが依頼内容です。思った以上に良い風合いのガラスがあり、ステンド作家さんたちの間でもこのステンドは人気があったそうです。ステンドは光を通した時の色合いを楽しむ方が多いので納得です!

なのに、実はこのガラスを製造している海外メーカーが廃業(?なのかな)のため製作されなくなってしまい、取り寄せたガラス在庫で対応できる分のみとなりました。すごくすごく残念ですが、いっぱい取り寄せたとのこと。まだもうしばらくは大丈夫そうです(^^)

私のお気に入りのパールホワイトのほうは、残念ながらもう在庫もなしです…

18/1000

文字入れする、しない?

ガラス工芸品も含めアトリエピジョンで扱っている品はすでにそれだけで使用できるガラス製品です。文字入れがなくとも困ったことはありません。
なので、文字入れをしないものを購入したいというご依頼があります。グラスや小物はお受けしてませんが工芸品(もともと文字入れができない品もあります)と時計の一部は文字入れなしでの販売も承っています。お急ぎの時には文字入れしない分、早いということもありますから。

そういった方でも、二度目は文字入れするようにご依頼いただくことも多いのです。その理由を伺ってみました。

『最初は折角のガラスの美しさを台無しにするのではないかと思って、何も入れないようにお願いしてましたが、今度は友人へのお祝い品なので文字入れをお願いしてみました。友人なので喜んでくれたのでしょうが、名前や日付も入っていることですごく記念になるし、こんなお祝いもらったことがないので嬉しいと大喜びしてくれたんです。これほど喜んでくれて、贈り物作戦大成功でした。』Tさま
(注:一部表現を変えています)

 

他にも似たようなお言葉をいただいたことがあります。
何年もご依頼者との彫刻の打ち合わせに何度もやり取りをしていてみえることがあります。文字入れのオーダーメイドギフトはギフトに品を選ぶだけでなく、文字入れの内容を考えたり、こちらからお送りする原稿を見てチェックしたり、校正依頼をしたり、品を選んだあとの手間と時間もかかるものです。それだけもらう人のことを考える時間も多いわけです。
もちろん、相手のお名前や刻むメッセージにも感動されているのも大いにありますが、相手のことを思ってた見えない何かが働いて、より喜ばれているのではないかと思わずにはいられません。

文字入れをしないとだめということではなくて、例えばギフトに花や菓子を選ぶ、その時に相手を思ってメッセージを添える、それだけでもギフトがより喜ばれるものになるのではないかと思ってます(^^)
 

17/1000

応為(おーい)

名前はとても大切。毎日、お名前を彫っていると、よりその思いは強くなります。名前が入っていることで、喜ばれ方が変るんですよね。だから、ありとあらゆるものにな入れサービスが生まれてきているのだと思います。

それほど大切な名前ですが、安易につけられちゃった名前も結構あるようです。ちなみに私の名前は「由香」ですが、父が自分の名前から一文字とってつけようとした名前をあまりにもダサいと感じてしまった母が、あわてて当時はやってた名前につけかえたものなのです(^_^;;)
そのつけ方のほうがダサい?かも(笑)

閑話休題

私の本名の話ではなく、後世に残る画号が安易過ぎちゃったかも?な方がありました。

本名は お栄(阿栄)

お栄の父は、冨嶽三十六景など天才的な作品を遺した江戸時代後期の浮世絵師 葛飾北斎。お栄もまた現代にでも通用しそうなすばらしい絵を遺しているのですが、その画号が葛飾応為(かつしかおうい)

父である北斎が、お栄を呼ぶときに「おーい」と呼んでいたためついた号だそうで、なんともまぁユニークです(^_^)

画号もユニークならその生き方もユニークで、北斎ともども超自由人で、片付けられない二人は引っ越しては汚し、汚れたらまた引っ越すを繰り返してたそうです。とにかくごみ溜めのような中で二人は絵を描き続けていたとのこと。

その才能はすばらしいもの
天才北斎が美人画を書かせたら応為にかなう者はいないと言わしめたほどの天才で、光の表現が秀逸で、また色彩感覚がずば抜けてて、当時の絵とは思えないほどの美しい画を残してるんです。
その一つが、吉原格子先之図 ↓↓↓

当時で、光と影をこんな風に表現されてるなんて、なんというかすごい。応為は北斎の助手をしていたこともあり、遺された作品は少ないのですが、その色使いや光の取り入れ方ものの捉え方は際立ってます。なのに、その評価は亜流としてのもの。画号のせいではなのでしょうが、もし画号がどうでもいいつけかたでなかったら、、、と思わずにいられません(余計なお世話ですけどね)
天才親子の合作

唐獅子は北斎、周りの牡丹は応為作
美しいです(*^^*)

16/1000

 

お届け後のこと。グラスと巾着袋

一度関わると、その後って気になるものですよね。
特にオーダーメイドはご依頼時から打ち合わせで何度もやり取りをすることも少なくなく、この品がどのようにお役に立てるのだろうか、、、とか、パーティで盛り上がるかなとか、例えばプロポーズだったら、これが縁結びになりますようにとか、いろいろとイメージを膨らませていきます。なので、手元を離れるとその後が気になって仕方がないのです。

もちろん、ご依頼時に、こんな風にするんだといったイメージを教えてくださる方もいらっしゃって、そんなときも妄想の世界に入ってしまいます(^_^;)

今回ご依頼くださった方は、その後の写真を送ってくださいました(*^^*)

親しい仲間内で、マイグラスのお揃いのご依頼で、写真の巾着袋は思い思いに好きな柄を選んでそろえられたそうです。グラスに彫刻した藤と鷹のマークに何となくぴったり(^^)v
このマークも仲間内のお名前からデザインを考えご入稿くださったものなんです。
全てがオリジナル!です

皆さんのお顔はわかりませんが、きっと笑顔でお酒を酌み交わしていることと思います。
ありがとうございました


 

15/1000
 

小さな贈り物が素晴らしい大きな贈り物に

長い間メルマガをお休みしていますが、メルマガを発行するたびにお返事くださる方がいらっしゃいます。ご自身の感じられたこと、そして、経験などをお話しくださるのです。自分とは違う世界で、また立場も違う視点で観られたお言葉は、すごく参考になることが多いのです。

でも思いが共通しているなと思うことが1つあります。それは自分の周りの人、特にご家族を大切に思ってらっしゃること。今年はその方の金婚式と娘さん夫婦の銀婚式があり、その記念品をご依頼いただきました。

アトリエピジョンの記念品だけでなく、ベルトやお祝い金もご用意されてました。1か月以上も前から準備くださってたので、サプライズギフトに余念はないようです(^^) そして、お孫さんも含め、みんなで贈り物しあい。それぞれに喜んで感激されてたようです。

その方からメールでご連絡いただいた内容がほっこり素晴らしく、中でも

家族の絆が今回のことでより一歩前進したと思います。小さな贈り物が素晴らしい大きな贈り物になるものだと痛感致しました。

のお言葉がとっても心に響きました。
絆のことを日頃よりお話ししています。でもその先の大きな贈り物をどれだけ意識できてたのかなと、改めて私たちの意義を考えるきっかけをいただきました。

贈り物は思いを形にしたもので、記念に残る大切なものです。でもその先にきずなが深まり、ご家族がより仲良く喜びあえる、取引先との仕事がスムーズになったり、励みにしてもらえたり、、、様々なイメージが浮かんできます。そういったことを日々考えてみたいなと思うのです。

それにしても小さな贈り物が大きな贈り物にって、わらしべ長者みたいですね(^^)

14/1000

国内最大級の二階二重門に行ってきました

昭和40年から始まった京都の非公開文化財の特別公開に足を運んでみました。
訪れたところは、知恩院三門

写真撮影が禁止されていて、記憶に残すしかありません。
なんと景観も含め写真撮影禁止というのは初めてです。
(もしかしたら、今までもそういう禁止の場所に訪れてたかもしれませんが)

■ 国宝
知恩院の三門は現存の木造建築として国内最大級の二階二重門です。14年には国宝に認定されてます。知恩院が広大な土地に建立されているので納得の大きさなのですが、門というよりこれそのものが仏閣といってもいいぐらい大きかったです。ただ、やはり門だけあって上層階へ上がる階段はせまくかなり急。足の悪い人にはつらそうでした。降りるときにロープにしがみついて少しづつ降りている人もいましたから。これも一種の修行なのかとふと頭をよぎりました。

■ 三門の意味
知恩院の「三門」は、「山門」ではなく三つの門と書きます。
これは仏教用語の「三解脱門」からきていて、涅槃に入るために通らなければならない門をあらわします。
とらえどころのないものに捕らわれない心を表す「空門」
姿や形に捕らわれない心を表す「無相門」
執着に捕らわれない心「無願門」

私に足りないものばかりではないですか…
たまたま祇園をどりを見に行くときについでに寄った三門は、己を知らしてくれる天の計らいだったのかもしれません

■重要文化財
通常は非公開の上層には宝冠釈迦牟尼仏像を中心に善財童子と須達長者、そして釈迦のお弟子さんたちである十六羅漢像が一面に安置されていています。大きく迫力満点で、十六羅漢像のそれぞれの力強い眼にしばらく静止。でも、すぐに解説が始まり、たっている人はいません(^^;)

上層階の中は所狭しと並んだ仏像だけではなく、天井や柱、壁などには飛龍、迦陵頻伽(かりょうびんが)や天女、麒麟、マカラがびっしりと極彩色で描かれてます。これらの作者は不詳ですが狩野派によるものだとか。描かれているものが水に関係するものばかりなのは、木造建築である三門の火害から護る意味をこめられているとのことでした。龍が描かれている寺院仏閣はとても多いのですが、この三門の龍が飛龍であるのは雨を降らせる意味があるからなのだと納得です。

また、麒麟は皆さんご存知のキリンビールのラベルのモデルで神仙思想における伝説の生き物です。マカラはそのお顔でわかるように、しゃちほこのモデルになったのだそうです。(写真が欲しいところです…)

これらの重要文化財は、普段は公開されていませんが、春と秋には重要文化財の一般公開があります(^^)

龍を彫るために、いろいろな龍のある所を訪れています。訪れるほどに、話を聞くほどに、とても意味深いものなのだと実感せずにはいられません。

13/1000