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ガラス割れ―災厄を受ける

日本で唯一の厄神明王像が現存している門戸厄神さんにお参りしてきました。
1月18,19日は1年に一度の大きな厄神大祭で、毎年訪れています。

十数年前の通販を始めたばかりのころ、ウェルカムボードをご依頼いただいたお客様から、配送時のトラブルでミラーが真っ二つに割れたと連絡が入ったのです。大切な門出の日を演出するアイテムです。もう大変なことで、お客様も時間もなく非常に困惑していました。

宅配便の繁忙時ということもあって、宅配時にミラー額を落としてしまったのだそうです。平謝りされましたがそれではすみません。ともかくすぐに代品製作に取り掛かり、予定には間に合わせることができました。

が、
間に合えばいいということではないですよね。現にお客様の気持ちは大切な日の幸先の悪いことがあったような気になってらして、気持ちが落ち着かない様子でした。そこで、厄のことやそのほかそういったトラブルに詳しい方何人かに相談したところ、厄をガラスが受けるということで厄払いになるという意見がいくつか出てきました。

お客様といろいろお話していると実は妊娠中とのことでダブルのおめでただったそうなのですね。そういうこともあり、厄払いをさせていただくことになりました。無事、結婚式も終え笑顔のおめでたとなったようで、後々ご報告もくださったんです

ガラスを取り扱うので、こんなことがないように、より厳重に丁寧に梱包をするようになりましたが、それでも人を解すること。そしていつか取り扱っているうちに割れることもあるかもしれない。そんなことを思い、近くの門戸厄神さんで毎年、無事ガラスギフトをお届けできてずっと輝き続けるように、そして万一割れたときには持ち主の災厄が払えるようにとお願いをするようになったのです。

門戸厄神さんは日本三大厄神の一つ。空海が厄除け祈願を行った寺として有名であらゆる災厄を打ち払ってくれます。そして冒頭にも書いたように空海の彫った厄神明王像が現存しているのは門戸厄神さんだけです。感謝

皆様にとって心豊かで幸せな一年となりますように

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2018年 バレンタインのトレンドは、、、

先日、とある男性と「ハート」談義をしてました。この仕事をするまでは私はハートが苦手だったのですが、私の感覚はいささか人と違うということは薄々認めてましたので(^_^;)、ハート好きの方が多いのは理解してたつもりでした。それでも男性から「ハートは、ちょっと、、、」といった言葉を聞くたびに、やっぱり男性はハートが苦手なんだ(心の声)と男性をひとくくりにして思う傾向があったのですね。

まぁ、そんな思いは1年目ぐらいでガラッと変わることとなり、男性でももちろん女性でもハート♡好きさんは多く、その気持ちも理解できるようになりました。そうなると、苦手だったハートも彫ったりデザインするのが楽しいんですよね。ゲンキンなものです(笑)

それはさておき、ハートのモチーフが多くなるのはやはりバレンタイン
今年2018年のバレンタインのトレンディは、、、、
社会現象になっているインスタ映え

ネットを見ると宇宙をイメージしたものや和柄などの美しいチョコレートがたくさん並んでいます。おいしそうというイメージは何処へやら、本当に意匠的なものが目を惹きます。美しいものは見ていて飽きませんね!

 

アトリエピジョンはガラス彫刻ギフト専門なのでチョコレートはご提供できませんが、本命彼女からの愛あるメッセージは心映えすることでしょう(*^^) 本命チョコにメッセージを添えて送るのもよいですね♡

バレンタイン、happy なメッセージ

 

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ガラス廃材の有効活用

いつでも何をしても派生するのがゴミ。
ゴミの問題は永遠で、ごみを出さないようにしたり、ごみを有効活用したりリサイクルで有機物に変え再利用したりと様々な取り組みがされてますね。アトリエピジョンも小さいながらも少しだけゴミ利用をしています。

まずは、取引銀行さんの環境保護促進キャンペーンで紹介させていただいた写真から。

 

アクセサリートレイ&アクセサリー:捨てるワインボトルから
(アクセサリーは、廃材のかけらにサンドブラストでデザイン彫り、リューターで穴あけ
トレイはサンドブラストで桜を彫刻)


香立てとトレイ:シャンパンボトルから
(香立ては割った廃材をすべてペーパーで磨いて、リューターで穴あけ、
トレイは割った廃材をサンドブラストで桜の花を彫刻)


一輪挿し:ワインボトルの底(窯でフュージング)

サンドブラストやリューター、窯など専用の機械が必要なものばかりですが、有店舗時代は、教室で自宅にある不要なガラス製品をアートに変えてもらったり、専用の機械や道具がなくてもできる割れたガラスの有効活用をお伝えしていました。

またの機会に

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卒業のお祝いに刻まれた言葉「自他共栄」

卒業・退職では、仲間有志からの寄せ書きのギフトは人気の高いアイテムです。寄せ書きに使われるのは、社員一同からの社長や階調のご就任祝い・〇〇会所属で有志で独立をお祝い・受賞のお祝い・友人やスタッフ有志で結婚のお祝い とお祝いの目的は様々です。

同じ目的であっても人と人のつながりなので、刻まれる言葉は一つ一つが違うのは当然で、また思いがあるだけに輝いてますね。ずっと残るものだけに寄せ書きをしたためる方は、どんな言葉を贈ればいいのかとかなり思案される方もいらっしゃるようです。
寄せ書きメッセージの参考にメッセージを考える

さて、そんな寄せ書きで、大きく表題などを入れられるケースが多いのですが、これまた思案しますよね。退職では、「感謝」や「祝 定年ご退職」などのようなものが多く、就任では「祝 社長御就任」のほか格言や会社の理念がよく見られます。

今回も素敵な言葉で、辞書を引いてみると、柔道用語とあります。

「自他共栄」とは互いに信頼し助け合うことができれば、自分も世の人も共に栄えることができる。この精神を柔道で養い自他共に栄える世の中を作ろうと講道館柔道の創始者 嘉納治五郎が提唱した言葉なのだそうです。(どうでもよい余談ですが、嘉納治五郎さんは兵庫県生まれなのだそうです)

そして自他共栄を調べていると、「精力善用」と聞いたことのない言葉がありました。精力善用は心身の持つすべての力を最大限に生かして、社会のために善い方向に用いること。気になって、さらに検索していて、柔道チャンネルを見つけました

治五郎は、柔道の道を究め強くなり、地位や名誉を得たあとも、決して驕ることなく、学問においても柔道においても人より研鑽を積み、常に向上心を持ち続け、更なる目標を作り自らが世の中の役に立つことを常に考えた。ここに、「精力善用」「自他共栄」の精神は、世界の平和に繋がるという信念にまで高められたと言える。
柔道チャンネルより:judo-ch.jp

世界が平和であること心の底から望むことです。そうありたいし、そうあるために動きたい。
武道の精神は学ぶところが大きいです。

81/1000

制限があることで得られる

人に話すとびっくりされるのですが、テレビを持ってません
元々あまり見ないところ、地デジに替わるころはほとんどみることもなくなり、結局地デジテレビに買い替えることもなくでした。なので、もっぱら見るのは映画とかネット配信のもの。そして、ごくたまに人の家にお邪魔させていただいたときに見ます。

お正月番組で、何の番組だったかアナウンサーが30秒きっかりでお題に合わせフリートークをするというのをやっていました。1秒超えてもいけないし、時間が短すぎてもアウト。時間を見ながらやるわけじゃなく、その場で内容を考えながら時間ピッタリに話すのです。すごい制限なのですが古舘さんはあのトークでぴったり終わらせたんですね(@@)他のアナウンサーもそれよりは前後しているけど、普通にすごい。私だったら30秒を数を数えてでさえ、ぴったりとは当てれない・・・です。

彼らはあのような制限の中で、技術を磨き積み上げてきているのでしょうね。
久々に見るテレビ、よい収穫でした(^^)

少し前の記事でクリエイティブなものは時間で考えると難しいという話を書きました。付け加えるなら、、、クリエイティブなものは制限の中でできることも多いのです。その制限の一つに時間も含まれていて、上述のアナウンサーのような日々の鍛錬に近いものがあります。

毎日同じように彫っていると短い時間の中で技術は向上し、観えなかった違いが見えてくるのです。「一日にしてならず」とはよくいったものです。こんなことを書いているのは、自分の鍛錬が少し別のことで時間を取られおろそかになっているのに気づいたから。日々精進です

クリエイティブの制限つながりで、もう一つ以前にマティスの枠について記事を書きました。マティスは二次元の中での表現を「二次元」という枠のまま表現した作品があります。制限されると逃げたくなるものですが、制限こそが発展の新たな一歩になるのだと確信してます

80/1000

一生懸命(真剣)だと知恵が出る

正範語録ってご存知ですか?

実力の差は努力の差
実績の差は責任感の差
人格の差は苦労の差


時に気づかされているような、またある時はお叱りをいただいている気にさせてくれる言葉で、背筋がピーンと伸びます。努力しなくてもいい、がんばらなくてもいいというのは、不必要に頑張ってきた人に対するメッセージだと思うのですね。

やはり、何かを成し遂げた人たちは、ここぞという必要な時にはちゃんと努力をしているし、責任感を持って事に当たっているし、行動するから壁にぶち当たることもある、そんな苦労をしているのだと思います。泥臭いのだけれど、その泥臭さに人間性を感じます。

そして、今の私に最もぐさりとくる言葉
真剣だと知恵が出る

どうしたものかと詰まることがあり、でもこれはそのことへの真剣さが足りないのだと実感しました。様々なことに意識が分散して集中できてないのですよね。雑念やプライオリティの低いものは今は考えないようにします

ちなみにこの正範語録は作者不詳とされてますが、偉人たちの言葉の寄せ集めではないでしょうか

心に響く言葉、作者を追跡した記事がありました
「正範語録」って誰の言葉?ネットで話題の作者を探せ!

ちなみに少しだけ言葉が変ってますが
武田信玄の言葉

“ 一生懸命だと知恵が出る
 中途半端だと愚痴が出る
 いい加減だと言い訳が出る ”

が入ってますね

彫刻のメッセージに使われた記憶があります(^^)
多くの方に響く言葉は、本当にシンプルです

79/1000

関わってくれて共有してくれてありがとう

元気のない時、へこんだ時、
悲しみに押しつぶされそうな時、辛い局面を迎えたとき
あるいは元気がありすぎて高ぶっている時、調子に乗っている時
嬉しくて心躍るとき、楽しんでいる時

どんな時も心を共有してくれる人がいるのは本当にありがたいことです。
楽しいことばかりじゃないし、逆につらく悲しいことがあってもいつかは晴れます。
相手にも楽しいことや辛いことがある。
共有してもらい、自分も共有する。

そういう人と人のつながりが、心を豊かにし、
新しい何かを生み出すエネルギーとなるのだと思うのです。

関わってくださって、ありがとね♡

78/1000

クリスタルは『感覚を研ぎ澄ます』カラー

ギフトにガラス製品は失礼ではないですか?

最近ではほとんど聞かなくなりましたが、つい先日、商品のご相談を受ける中でついでに質問されたことです。ガラスは壊れ物の代表で、特に結婚祝いでは『切れる』『割れる』『壊れる』などをイメージさせるものはタブーとされてきました。そういった昔からの慣習もあり、ギフトでは失礼と考えられたのかもしれません。

昨今、お祝い市場も変化し多種多様化しています。ガラス製品だけでなく刃物まで結婚祝いとして活躍しているようです。新しい門出に必要なものをそろえるために、当事者がリクエストされることも増えていることも一因でしょう。

又、タブー視されていた意味合いも、視点を変えることで 別の意味合いとして捉えることができ、陶器やガラスはとてもポピュラーな贈り物になってきてますね。

刃物やガラス、鏡の持つもうひとつの顔は、『新しい未来を切り開く』『幸せを分かつ』 『悪い運を裁つ』『心を映す、幸せを映す』 などなど。

冒頭のご質問をくださった方は、ご就任お祝いのご相談でした。ご就任お祝いで時計やグラスなどガラス製品をお送りすることは花ほど一般的ではないものの、多く見られます。大切に使えばずっと残るもので、刻まれたメッセージもずっと輝き続けます。また、色の観点から行くとクリスタルは『感覚を研ぎ澄ます』ものなので、先見の明を必要とする役にご就任される方にもぴったりですね。

77/1000

一分一秒を愛おしく自分らしく

がんを患っている人は二人に一人という。真偽は確かではないし、私の周りではもっと少ない。それでも以前に比べ格段にがんを患っている人が増えた。そして、その生きざまも多様さが出てくる。

生きるために放射線や投薬、そのほか様々な治療をする。でもまた別の人は生きるために一切の治療をやめ、食生活を含む生活習慣を全面的に変えている。どれが間違いでどれが正しいのかは選択時にはわかるはずもない。それでも正しいものを選びたいと思うのが人情なのだろう。

2016年の秋、癌で亡くなった友人は生きるために様々な治療をしてきた。その間に精神的なものの勧誘もあったらしいし、おそらく食事療法なども進められていたと思う。私はというと、癌になっても治療は一切するつもりはない。これは重病を患ったパートナーとは万一の時の自分の希望する対応を話すことが多くなり、いろいろ考えがまとまった結果の意向。だからといって、友人の生きざまも治療してきたことを否定する気はさらさらなく、むしろ彼女らしいすごい生き様だったと尊敬さえしている。

何がすごいかというと、最後の1か月は自宅療養になり、動けるときは自宅で仕事をし、周りの気遣いも忘れず、常にユーモアと思いやりにあふれていた。亡くなる1週間前は彼女の旦那さんも見ていてつらくなるほどの状況だったらしいのだが、その状況でさえも世話をしてくれる人を気遣い、周りの人を思いやっていたのだそうだ。もうしゃべることもできなく、身振り手振りもほとんどできない状態で、やっとの思いで目の前で手を合わせるのだ。

こんな話をしたのは、別の方からつい先日がんで亡くなった方の生きざまを聞いたから。その方は、がんの宣告を受けてからすでにステージ4になっても旅行に行ったり、好きなものを食べたりと人生を楽しんでいたそう。命の限りを知り、いくら良いと言われようがニンジンジュースを飲んだり玄米菜食もしたくないし、癌の大好物であるおいしいパンも食べたい。それで命が縮まってもいい。我慢する段階はすでに卒業した。つい無理して頑張ってしまう自分とおさらばして、一分一秒を愛おしく自分らしく大切に生きてきたのだそう。これも素晴らしい生き様だと思う。

私の人生の中で私の生き方に影響した尊敬する方の一人は、進行の早いスキルス性の胃がんにかかりながら手術を繰り返し完治した。またある知り合いは20代のころ余命3か月を宣告され、もう定かではないけれど十数個の病気を併発しながら、一切の治療をやめ(手術ができないほどであったこともあるけれど)、水と食事療法に切り替えて完治し、同時に十数個の病気も殆ど克服している。

誰一人とっても、間違っていないし、本当に素晴らしい。
人はいついかなる時も常に選択をしている。その選択は、自分が本当に輝けるものを選べばいい。周りから入る情報は、判断の材料であって、命令ではない。ここに書いた方々に共通しているのは、自分の人生をあきらめてなかったこと。そして何よりも輝いているってこと。

幸いと私は今は健康、、だと思う。でも輝けているのかというと少々言葉を留めてしまう部分がある。今この時に彼女たちの生きざまを思い出し触れることができたのは、必然だったのかもしれない

76/1000

作業の時間とクリエイティブな時間ー話題の残業代請求の記事よりー

話題になっていた漫画アシスタントさんが11年分の残業代を請求してみたという記事を読みました。

アシスタントのカクイシさんの訴えは至極納得するところ。一方、かつての雇用側だった三田先生のヤフー記事を読むといささかきれいごとも書かれてはいるものの、アウトソーシングをうまく使ったり雇用形態の改善に参考になる記事。カクイシさんのこのブログ記事には様々な意見が書かれていた内容もどれもそれぞれに的を射ているものでした。

作るものは違えど「ものづくり」という点では私も同じ。いろいろと考えるところが多く、備忘録のために残しておこうと思います。

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アトリエピジョンの「ものづくり」は時間の考え方が対極する要素を併せ持つ。

オーダーの9割以上がギフトだから、まずは納期という時間軸がある。希望される納期に間に合わせれなければ、例えば結婚式の引き出物だと最悪で結婚式自体を台無しにしてしまう。なので逆算して間に合わないご依頼なら受けない。名入れなどのご依頼品の製作は、最初の打ち合わせと原稿が決定すれば、そこからは作業的な時間。ゆえに、それぞれの作業工程で作業時間を計算すればいい。作業工程を見直すことで作業時間が短くなるなら納期も早めることができるし、お断りしているご依頼も受けることもできる。つまり「作業としての時間」を考えればいい。

一方クリエイティブなものもある。ガラス彫刻作家として作品を制作するとき。自分の作品作りは今はなかなか取り組めないのだけれど、それ以外にもオンデマンドでご依頼により一点ものを製作するときは作業時間で考えることはできない。要望されるものを把握し、それに見合う技術や表現を考えるために、時間を忘れる。食事を忘れ手が震えだしてはじめて気づくなんてこともざら。製作している時も同じ。魂を入れている時に、時間を限ってしまうことはできない(隔離された場所じゃないので電話などで分断されることは多いですが)。よくいう寝食忘れて没頭するというものかな。いいかえれば、少々大げさかもしれないけれど「魂をかけた時間」

この2つの時間軸の使い分けができていれば良いのかなと思うのです
あくまでもアトリエピジョンとしては、、、なので、ものづくりをしているところがそう考えるべきだということではないです。

そして、私的な見解でいくと記事のアシスタントさんは、いわば「作業としての時間」を考えていたのだと思う。そう考えれば残業代をもらって然るべき(やめた後で請求しているのはいかがなものかというのは置いといて、、、)。けれど、作業時間として考えていたら、クリエイティブなものは生まれがたいのではないかと思います。いちいち納得する部分も多いんですよ。アウトソーシングでは技術がうんぬんかんぬんとありましたが、先生の身近にいれば技術だけでなく思いやものごとに対する姿勢も知らぬうちに入り込んでいるものです。アウトソーシングだけでは賄いきれないのも確かでしょう。

さて、問題のもととなった三田先生の記事には「僕はもう絵は描きません。シナリオを作って、構成をして、終わり。作画は全部おまかせする。手っ取り早く言えば、漫画界のアップルみたいなものですよ。アップルは設計だけ自前でやっていて、製造は海外の工場に任せているじゃないですか。それと同じことです」とある。アウトソーシングは私も大賛成。ただ、この三田先生の考え方ももしかしたら時間を作業としてとらえているのではないかと思った次第です。なぜなら、作家は構想だけでなく、実際に製作している時に新たな技術や作風が生まれることもあるから。クリエイティブな部分をいくら先生の作風を叩き込んで任せたとしても、それが他に任せた時点でクリエイティブはストップする、もしくはその部分を請け負った人のオリジナルになっていくような気がするのです。漫画の世界はわかりませんし、モノづくりをされている人それぞれに考え方も違うので、私のとらえ方は違うかもしれません。


私がこんなことを思うのは、実はアトリエピジョンで作品を作っていただいた作家さんの一人が製作ができなくなり、その中の人気商品があり、当初はご依頼者に連絡して私が担当してもよろしければ注文を請け負うということをやっていました。ところが、何個も何個も作っていくうちに、どうしても元の作家さんのようには彫れない。私の作風になってしまうわけです。つかうものは同じ素材でデザインも同じなのに!です。そうして、私の作品として販売するようになってから、作風を似せる苦痛から解放され、私らしく彫れるようになったのですね。

 

兎にも角にも自分の考え方をまとめることができて、ありがたい記事でした。

75/1000