カテゴリー別アーカイブ: 5.人間関係

欠点はなぜ与えられたの?

You gods, will give us.
Some faults to make us men.

神は、我々を人間にするために、何らかの欠点を与える。
William Shakespeare

そして、神は欠点に気付くために人を与えた、、、なんちゃって

「欠点」というと、別の側面から見れば長所になるんだという人が必ずいて、私もそう思ってる口です。しかしながら、あえて欠点として気付くことができたなら、進化しようと思うことができます。気付かなければ、当然何もする必要もないのだから成長しようとか進化しようとか思うこともない。

では、どうやって欠点に気付くのか。それは他者との比較でしかわからないのです。
自分と全く同じ感覚・思考であれば、それが普通になります。ある人の言葉に感動している人もいれば、冷めた目で見る人もいる。その違いから気付けます。

ですので、欠点も気に食わないと思っている人だって、全てがありがたい存在なのですね(^^)

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苦しい時に愛の種を見つける

お師匠さんの発信している言葉の中に、苦しい時や辛い時に愛の種を見つけましたか?というのがありました。

いつもメルマガにご返信くださっている方がいらして、今回のお便りにご家族の病気のことがしるされていました。無理のできないご病気で、家事を代わりにやったりと生活が一変。それにもかかわらず、お便りくださっていたので、ご本人様が心配です。

といってもお見舞いの言葉しかお伝えできません。
ですが、その言葉を大切に受け取り、周りの方々に心配頂いて助けられていると感謝の言葉を送ってくださったのです。そんな大変な状況の中にも、笑顔の材料を見つけ、そして前に進んでらしている。涙出そうです

冒頭のお師匠さんの言葉「苦しい時に愛の種を見つける」がつながります。
この方は、大切なものをちゃんと受け留められているのだと。苦しい時はその苦しさゆえに自分の不幸を恨みがちなのですが、それを恨んでしまうとその恨みのエネルギーが自分自身に向けられてしまうという呪縛にかられます。他人をうらやんだり妬んでも同じ。自分自身の今あることを受け留めることで、大切な愛の種に気付けるのですね。

私は幸いとたくさん見つかりました。けれど、受け取る資格がないと無意識のうちに呪縛をかけていたようです。自分自身のことはなかなか気づけてないことは多いですね

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上司への贈り物のタブー-お問い合わせより

本日もお問い合わせから
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上司の就任祝いに時計を考えているのですが
失礼はないでしょうか

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上司や目上の方への贈り物に失礼があってはならないと、大変に気を遣うところですね。

昔からの古いしきたりでは、現金生活必需品は施しになり、靴下は「相手を踏みつける」として目上の方への贈り物にタブーとされてきました。

比較的新しいものとしては、は「もっと勤勉に働いて」「精進を」、ベルトは「腹を締めてかかりなさい」「気を抜くな」という意味があります。文具品などさえもNGとされていることもあります。また、時計では腕時計が時を正確に刻むモノを身につけることから「勤勉に」との意味合いがあり、タブーとされています。時計なら置時計や掛け時計に変えるのがいいですね。

ただし、現金以外は上記のどれもがお祝い品として人気のあるアイテムとしてあがっているもので、考えてしまいます。

贈り物の最大の目的は、先様を祝福したり喜んでもらうこと。先様が喜んでいただけることを考えると、ご本人のリクエストであればタブーとされるものでも問題ありません。反対に古いしきたりを重んじられる方には、タブーとされているものは避けたほうが良いでしょう

モノに意味合いを込めるのは日本人の長所でもあります。
それがタブーとされる意味だけでなく、モノの持つ長所も見たいところ。物事は長短、善悪、明暗一対で、状況により変わります。先様に合わせてその贈り物の意味も添えてお贈り出来ればよいですね。

冒頭のお問い合わせの方は、上司へブルーアースデスククロックをご依頼いただきました。
青い地球が海外でも活躍している上司にぴったりだったということで、そのことをお伝えされたそうです


ブルーアースデスククロック

ちなみに掛け時計は、新築祝いとしてなら壁に穴をあける必要があり、これもタブーとされてます。

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役職名につける「様」はあり?

呼び捨てにしているような感じがして役職名だけではもの足らずつい「社長様」と言ってしまいそうになる言葉。けれど、役職名には「様」をつけません。役職名が敬称なので「様」をつけると二重敬称になってしまうからです。

そもそも「様」は、方向を示す「さ」とそれにつける接語の「ま」の合わさった言葉で、人や神仏など人に類するものにつけます。神様・仏様がそうですよね。会社でも〇〇株式会社様といった使い方をされます(宛名や文書では〇〇株式会社御中が一般的)

様をつけたい場合は、
「〇〇部長様」ではなく、「部長の〇〇様」とします。

と、ここまでは一般的なマナーなのですが、昨今では「〇〇社長様」など広く使われているようです。マナーは時代とともに少しづつ変わってます。とはいえ昔ながらのマナーを大切にされている方にとって、受け入れがたいのも事実。せっかくの敬称も先様に受け入れられなければ台無しですから、相手やシチュエーションなどに合わせることも大切でしょう

関連記事 「殿」と「様」 どちらが正しい?

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白紙説 -性悪説?性善説-

世の中にはいろいろな理論があって、どれもこれも理路整然とあるものですから、つい納得してしまいます。そんな私は、友人から「性善説と性悪説、どっち派?」と聞かれ、即座に性善説派と答えた覚えがあります。

とはいえ、性悪説もなるほどなと思うところが多く、はっきりこっちだと言い切れるものではないのです。さらにです、白紙説もあると知り、私の頭はさらに複雑化してしまってます。もともと感覚的に生きているので、理論を並べ立てるのは苦手(^_^;)

少し整理をしたくて書いてみることにしました。

性善説
儒家の孟子が説いた、人は先天的に道徳的で善であるというもの。人は善であっても賢にあらず、弱く悪に流されてしまいやすいもの。なので修業は必要で、修行や育成により開花させることができればで立派な人間になれる。

性悪説
同じく儒家の荀子が説いた、人は生まれたときは善でも悪でもなく、後天的に経験したことや環境などによって悪にも善にもなるというもの。修行することで善になるというのは性善説と同じ

性悪の「悪」はいろいろなとらえ方をされて、“ 人は本来は悪であり、修行によって善人になれる“ というのと、“ 人は本来悪であるから、人を見たら疑ってかかるべき“ というのがあるようです

白紙説
ジョンロックが説いたもので、人は生まれたときは白紙(タブラ・ラーサ、羅:tabula rasa)として生得観念(innate ideas)を有していない。観念の起原はあくまでも経験であり、我々の側にあるのはせいぜいそれらを認識し、加工する能力だけである。(wikiより)。
白紙の心に、積み重ねた経験により心が出来上がるというもの。善だの悪だのと言っているのは経験に基づく感覚(ジョンロックをはじめとする感覚論より)

性悪説と白紙説は、先天的なものではどちらも善悪の区別はなく後天的にというところで似てますね。性悪説の「悪」を善の反対と思ってしまうと、別物になってしまいますね。

どれも至極納得してしまう私はなんなのでしょうか(滝汗)
経験や環境によって形成されたり、白紙論のように後天的に観た感覚にすぎないというのは、すごく同感します。

ただ、人は生まれながらにもった愛があるように私は思ってます。前世だとか全く見えないのですが、なんとなく感覚で未経験のことにまで反応してしまうものがあり、それが生まれ持った愛なのかなと思うのです。情というか愛、親子愛や同士愛、郷土愛、ペットや植物、モノなども含めてです。もしそうであるとしたら、せっかく生まれ持ったものなのに、自分の弱さやつまらないことで失われたり、悪の道に引っ張られたりは、寂しいことです。ですので、善悪というほどではないのですが、私の考えは性善説に近いかなぁと

ま、とらえ方はいろいろあれど
人が修行して善行を行うのは全部共通してますから、日々精進します

 

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旦那、夫、妻、嫁などの知っておきたい使い分け

主人、旦那、嫁、妻など配偶者の呼称はたくさんあり、ご自身が使う場合、相手に対して使う場合、シチュエーションによってなど使い分けとなると、さらに複雑です。

特にビジネスの場では、スマートに使いたいものですよね
それぞれの呼称の意味やシチュエーションなどの使い分け方をご紹介します。

    ■ 女性配偶者

  • ・・・関西ではよく使われるものの、嫁は息子のお嫁さんといった意味合いが強いので、自分の配偶者に対して使うにはふさわしくないと思う人も
  • 奥さん・・・他者へは優しい印象があります。目上の方や公式の場では「奥様」がふさわしいです。一方、自分の配偶者に「さん」づけに異論を唱える人は多いです。
  • ・・・一般的な呼び方で、上下関係がないのでうけいれやすい
  • 家内・・・これも一般的なのですが、年配の方に多いかも。
  • 女房・・・昭和のイメージのある呼び方?
  • 細君・・・年配の方がご自身の妻を呼ぶときに使われます。最近ではあまり聞かなくなったように思います。

 

    ■ 双方の配偶者に

  • つれあい・・・妻夫共に自分の配偶者に対して。「つれあいに先立たれる」といった使い方などあって、長年連れ合ってきた相手を呼ぶイメージです
  • 相方・・・関西に多いパターンで正式な場では避けたほうが良さそう
  • パートナー・・・依存関係がなく、中立的な呼び方。一方で仕事のパートナーや婚姻関係になくても通じることからイメージがつきづらい

 

    ■ 男性配偶者

  • 主人・・・もっとも一般的で正式な呼称。他人や自分の配偶者にも使われます。他人の夫には、”ご”と”様”をつけて「ご主人様」
  • ・・・一般的な呼称で、自分の配偶者に対して使います。妻に対して夫
  • 旦那・・・他人や自分の配偶者に対して使います。他人の配偶者の場合は「旦那様」と敬称も付けます。もともとは面倒を見てくれる敬う相手に対して使っていた呼称ですが、現代では砕けた言い方になっているので、目上の方には使いません
  • 亭主・・・女房に対して亭主で、同じく少し古臭い昭和のイメージ

 

まとめてみると、正式な場(目上の方や公式の場)では

  1. 自分の配偶者に対しては
    「妻」「夫」または「家内」「主人」を使います
  2. 他人の配偶者に対しては
    「奥様」「ご主人様」を使います。「旦那様」も親しい間柄ならOKです(「旦那」は面倒をみたり施しをする人という意味で、昔は主人よりも敬った呼称でしたが、現代では昔とは逆に少し砕けた印象に見られてしまうので、迷ったら「ご主人様」を使うのがよいでしょう)

正式なもので「主人」や「旦那」が使われているのですが、その意味合いから抵抗がある方も多いようです。主人は、仕えるという意味で、男女平等から考えると仕えているわけではないし!と思ってしまうのですね。また、「奥様」であれば、奥に控えているという意味から、他人から奥さんと言われると抵抗がある方がいらっしゃいます。

ご自身の配偶者であれば、上下関係のない「妻」「夫」
他人の配偶者に対してどうしても上下関係のある呼称が一般的なので、相手をみてお名前で呼ぶなど臨機応変に対応されるとよいでしょう

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「間」

日本独特の文化である「間」

昔から芸術・芸能・建築、そして人・時間などありとあらゆるところに『間』の意識を取り入れ培ってきました。もともとは柱と柱の間の一間(182cm)をさす単位のことで、その柱と柱の間である空間や部屋を「間」といいます。家を建てる時に「間取り」を考えるっていいますものね。物と物との空間や隙間も「間」です。そして時間軸でも「間」は存在し、例えば音楽も間でテンポをとったり変調することができます。

この空間と時間の「間」のコラボレーションは、日本人にとってとても大切なものなんですね。

西洋の音楽が音と音をつないだリズムを鑑賞するのに対して、日本の伝統的な能楽などは無音の瞬間を鑑賞するようなものだそうです。なので、日本人は無音の時間も楽しめるのですね。反面、日本で作られた間を楽しむ映画や音楽・アニメなどは海外で上映する際は、こういった理由からできるだけ音がない瞬間を作らないようにするのだそうです。

不安になるのですって

それで気付きました。
海外の文化に触れる機会が増え、日本古来の文化に触れる機会が減るほどに、この「間」が苦手になってくるのかもしれません。

相手に発信したメールの返信がすぐになかったり、会話の最中の間が苦痛になったり、、、

人間関係もまた「間」です。
間は2つが存在し、一体になるための「空間」であり「時間」
これをしっかり感じることで、間が素敵な形に変化できるのではと思うのです

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異性への誕生日プレゼント

ご依頼者からの質問より
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知り合いへの誕生日プレゼントを贈りたいが、相手は既婚女性
こういう時のプレゼントはどうしたものか

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ずいぶんと前にご依頼あった同様の事例をお話ししました。
相手の女性はハートが好きだったので、ハートを入れるのはまずいかとのことでした。なぜまずいのかがわからずお話を伺っていると、チーム内でパートナーを組んでいる女性でがんばっているのでメッセージを入れて贈ることを考えていたのですが、恋人でもなく、相手には彼氏もいるので変な誤解を招きはしないかということでした。
他に好きそうなモチーフはないかと伺うと、とにかくハートが好きなんだとか。
それほどまでに好きなら、メッセージを誤解を招かないものにすれば、彼氏さんも誤解する可能性は低いと思います。メッセージカードにでも「これからも仕事の良きパートナーとして、よろしくね。〇〇さんの好きなハートを入れてみたんだ」などと入れてみてはとお勧めしました。でも彼氏のことはわからないので断言はできませんよね。ということで、当初はグラスの予定が仕事場で使うアイテムに変更し、それにハートを入れることにしたのです。

また別の方の事例では、この方も既婚女性に贈るものでした。贈物の目的はお礼。
ご予算も少しあるし、今後のことも考えて、女性だけでなくその女性のご主人とも合わせてペアのネーム入りグラスを贈ることになりました。グラスにはメッセージは入れず、メッセージカードに日頃のお礼をしたためてました。
御主人やご家族の方にも贈るというのは退職御祝でもよくお勧めしているパターンで、自分の大切な人のことも一緒に見てくれていると感動も大きいようなんですね。

相手が異性である場合、気を遣うことも多いと思います。それだけに、ここでの心配りがより喜ばれる結果になることもあるので、じっくり考えたいところですね

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本当に大切なものを知ると、 強い勇気に変わる レディ・ゴディバの伝説

企業の名前やマークなどには様々な理念や思いが込められています。バレンタイン前のこの時期には多く目にするチョコレート企業の一つ、多くのファンを持つゴディバにもそんな由来があります。

1043年のこと。英国の小さな町コベントリーで領主になったレオフリック伯爵は、豊かで文化的な都市へ発展させようと決意しました。その決意通り、伯爵の活動は素晴らしく、初めに大修道院の建設を手掛け、この修道院が宗教的、社会的活動の中心となっていきました。が、次第に伯爵の野心は燃え上がり、次々と公共の建物を建てては税を増やし、あらゆるものを課税の対象としたのです。当然、領民は重税に苦しみます。

領主の妻である心優しいレディ・ゴディバは、貧しい領民にさらに重税を課すことがどんなに苦しい事かと伯爵に税を引き下げるよう願い出ました。野心に燃えてる伯爵は断りますが、彼女は何度も訴えます。この訴えについに伯爵は、あることを告げるのです「もしおまえが一糸まとわぬ姿で馬に乗り、コベントリーの町中を廻れたなら、その時は税を引き下げて建設計画を取り止めよう」と。

翌朝、彼女は一糸まとわぬ姿で町を廻りました。領民たちはそんな彼女の姿を見ないように、窓を閉ざし敬意を表したのです。伯爵はついに観念して約束を守り、税は引き下げられました。

ゴディバの創始者であるジョセフ・ドラップスと妻ガブリエルは、レディ・ゴディバの勇気と深い愛に感銘し、1926年ベルギーに誕生した自らのブランドにゴディバの名を冠し、その愛の精神をチョコレートに込め続けています。味わう人すべてを幸せで満たす芳醇な味わいは、人を思いやる深い愛を伝えるのだそう。(ゴディバHPより)

深い愛は本当に大切なものを見失いませんね。
受けとめることができた領民たちも素晴らしい。人の本当の姿ってとても暖かいものだと思います。一人では生きていけないから、大切な人のために生きることが自分の最大の幸福で自分を生かせることなのだと、そんな風に感じてます。

そして、これが最も深く最も貴重なギフトだと思っています

余談ですが、このレディ・ゴディバの深い愛をよこしまな欲でのぞき見したため失明した若者トムから「ピーピングトム|覗きやトム|」という言葉が生まれてます

 

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