カテゴリー別アーカイブ: 9.アート、工芸

サンドブラストでできること


サラブレッド・オールドグラス ガラス彫刻工芸作家:西田雅之作

ガラス工芸というと多くの方が切子やトンボ玉、吹きガラスなどを想像されます。サンドブラストと言っても、まだまだご存じない方のほうが圧倒的に多いのです。そんなこんなで、ガラス彫刻工芸と言ってもピンとこず、ガラスアートやガラスエッチングといったほうが若干認知度は高いみたいです(^_^;)

エッチングは酸で腐食させるので、工法が違うのだけれど、仕上がりは似てますね。
上の写真の馬がサンドブラストで彫った部分です。その周りにある薄く削れた水玉は切子技法を使っています

さて、そんな細かいことは良しとして、サンドブラストではほぼ出来ないことがあります。それは希望されるガラスの形状を作ること。サンドブラストは成形されているガラスを削っていく方法なので、厳密にいえば彫刻のように削っていけば希望する形に近いものはできます。ただし、削ると多孔質になり透明感はありません。それに、工程が大変でとんでもなく高価になります。

ですので、ガラス細工を作ってほしいとご希望されたときは、吹きガラスの工房さんをご紹介することもあります。ただし、ご希望の形が成形できるかどうかは工房により違い、問い合わせだけになってしまい、お問い合わせいただいた方にも工房さんにもご迷惑をかけてしまうので、最近ではご紹介してません。

もしインスタグラムやツイッターをされているようでしたら、ハッシュタグでガラス工芸や吹きガラスなど探してみてくださいね。素敵な作家さんがたくさんいらっしゃいます♡

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ダズンローズデー -12月12日-贈ると幸せになれる

今日12月12日は「ダズンローズデー」です。ブライダルファッションの第一人者である桂由美さんと内田和子さんで提唱された記念日で、12本のバラを愛のあかしとして恋人にプレゼントします。欧米では12本のバラの花束を恋人に贈ると幸せになれるという習慣があるとのこと。ダズンは1ダースという意味ですね

12本のバラはそれぞれ、感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠を表現しています。感謝が一番にくるって素敵ですね。

ちなみに、バラ1本だけだと「あなたに一目惚れしました」「あなたしかいない」の意味。2本なら「二人の愛」99本は「永遠の愛」。100万本のバラという歌があったけど、100万本だとどういう意味になるのでしょうか?

3本は「愛してる」のサイン。あれ、これも歌の歌詞ですよね


ウェルカムボードぶ~け ばら ガラス彫刻工芸作家 ゆかい

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江戸時代のリサイクル -ギフトの使いまわし、金継ぎ-

江戸時代のリサイクルがすごかったという話が出て、とにかく下肥と呼ばれる排せつ物のリサイクルが一番盛り上がってました(^0^)いきなりなお話でごめんなさい。元エステティシャンということもありお通じのお話は日常的でしたし、今は健康に直結することから大病を患った家族のこともあり、全然違和感を感じないんです。

汚くて捨てるものにも、その価値を見出しリサイクルするなんてホントすごいですよね。エネルギーに変えたり、肥料にしたり、そのおかげで町はきれいだったといいます。当時の日本に訪れた人たちは江戸の町のきれいさに驚いたようです。そのころ、日本と同じように道端で排泄していたパリでは歩けば踏むという悲惨さ。でもそれがあって、香水やより踏む部分の少ないヒールなど素晴らしいアイテムが生まれたのですよね。

文化はこうやって発展。時代をその時々の生活からみてみると、いろいろと発見があって楽しいです。

さて、江戸のリサイクルでは、家具・道具・衣服・紙屑に至るまで徹底的にリサイクルされ、不用品などもラッピングをして贈答品にしたりと、とにかく無駄がなかったんですね。ものあまりの現代で、お歳暮などを使いまわしているのとあまり変わりがないかもしれません。贈ったほうとしては嬉しくない現実ですが、無駄に箪笥の肥やしになるよりよいのかな・・・

リサイクル文化から芸術も生まれます。
陶磁器類を使っていると欠けたり割れたりは避けられません。現代ではちょっとかけたらすぐに捨ててしまうものですが、江戸時代は溶いた白玉粉などを接着剤にしてくっつけて焼き上げ再生していました。簡単な処理です。高級な陶器は漆を使って接着します。これが金継ぎです。新たな命を吹き込まれた再生アートは、永く親しまれ、現代でも大切にされているのです

ガラスもペレットにしてリサイクルされたり、ステンド技法で新たな命を吹き込んだ利があります。アトリエピジョンでは、サンドブラストでできること、ガラス片の端を処理して箸置きやミニトレイなどをつくってます(^^)
↓↓ こんな感じ

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ピエタに見る愛のカタチ

多くの芸術家が作品に用いたピエタ。特にミケランジェロの作品が有名で教科書でも掲載されているので誰しもが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか

ピエタ(Pietà)はイタリア語で哀れみや慈悲を意味する言葉で、十字架から降ろされたイエス・キリストの遺骸を抱いて、わが子の死を嘆き悲しむ聖母マリアの姿をモチーフにした彫刻や絵画などをいいます。(参考Wiki)

このピエタという言葉の語源はラテン語の敬虔を意味するピエタス(pietas)にあり、敬虔とは特に神仏などに深く敬いつつしむさまのこと。とすれば、わが子の死としてより神の子キリストへの畏敬の念を表したものと考えるものなのでしょうか。もしくはどちらも・・・

私自身はキリスト教徒でもなく子供もおりません。ですので、このことについて言及するなとお叱りうけそうですが、このお姿こそ生あるものの全てに共通する愛のように感じてます。つい先日、バッファローがライオンの餌食になりかけたところ仲間が見つけライオンを追い払う動画を見ました。次々と仲間たちが寄ってくるのですが、時すでに遅しで餌食になりかけたバッファローは命を落としてしまいました。それを嘆き悲しんでいるかのようなバッファローの姿を見て、思い出したのです。

ピエトロ大聖堂のものは、聖母マリアのお顔が慈愛に満ちた表情がなんとも美しいもの。やはり深い愛を感じずにはいられません。それにしてもミケランジェロってすごいなー


サン・ピエトロ大聖堂のピエタ(ミケランジェロ)

ミケランジェロが手掛けたピエタは4つ
でもピエトロ大聖堂のピエタ以外は未完成なのだそうです。
4つも手掛けてたの、初めて知りました(@@)

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日本の高度な技術

私たちは世界に誇る高度な技術から生み出されたものをいつも持ち歩いています。それが日本の紙幣。その技術は偽札が作られるごとに進化を遂げ、その技術だけで紙幣の価値を上回る工芸品になってるのではないかと思うほどです。

それになんといっても紙質。高級和紙に使われる細くて強くて光沢のある三椏(ミツマタ)と、軽くて丈夫なティーバッグなどに使われているマニラ麻が原料。うっかりポケットに入れたまま洗濯してしまっても、洗濯ぐらいでは破けません。

調べてみると、現在のお札にみる高度な技術はたくさんあって一部ご紹介

すかし
中央肖像画の透かしは知られるところ。他にも一万円札には3本、五千円札は2本、千円札は1本のタテ線が肖像画の右に入ってます。透かして見るとはっきりわかります
超細密画線、マイクロ文字
肖像画の髪や目など非常に細い線で表現されており、コピーでは再現できません(コピーは違法ですが)それにお札の両面には小さな「NIPPON GINKO」の連続文字。虫眼鏡でやっと確認できました
深凹版印刷、識別マーク
主な図柄は凹版印刷で、金額や目の不自由な方にも額面が判別出来るよう施された識別マークにはインキを高く盛り上げる深凹版印刷が使われてます。触るとざらつきがあります
ホログラム、潜像模様
見る角度によって色が変わったり、模様や数字がみえるようにあちこちに施されてます。
パールインク、特殊発行インキ
お札の両端にピンク色の光沢があったり、紫外線を当てると日銀総裁印がオレンジ色に光ります。

今はナノテクで高度な印刷があり精細さだけで言えばもっとすごいものはあれど、多岐に渡ってこれほどの技術が詰め込まれた印刷はそうそうないのではないでしょうか。

「お金は愛のエネルギー」だという人がいます。愛をつなげるエネルギーだと解釈してましたが、紙幣そのものにもたくさんの愛が詰まっているような気がしてなりません。とても身近で高度な工芸品とも思えます


三椏の花

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不遇もなんのその空間・時間、すべての質感を表現したベルニーニ

バロック美術巨匠 ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ
「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」と賞されたほど。1598年にイタリアに生まれ、ローマで50年以上の間、建築、モニュメント、彫刻など様々な分野で多くの傑作を残しました。

幼い頃から彫刻家として活躍した父のもとで、素晴らしい作品の中で過ごしていたからか早くからその才能を発揮し、25歳でバチカンからの注文を受けるようになります。ところが手掛けたローマの象徴ともなるサンピエトロ大聖堂の鐘塔に亀裂がみられ、評判を大きく落としてしまいます。元々若くして活躍していたため妬まれていたことや引き立ててくれていた教皇が亡くなったことでさらに厳しい立場となります。

10年以上もの間、不遇の時代を過ごす間も作品を作り続けます。その不遇の時代に仕上げたものが「聖テレジアの法悦」

Estasi di Santa Teresa

これが評価されてないときにつくられたなんて思えないですよねっ
でも、亀裂はみかけばかりのベルニーニという評価になってしまってたので、この精巧さや表現力が余計にあだになったのかもしれません。

彼にとっては不遇など関係ないのかもしれません。
不遇の時代も含め、ベルニーニの作品には物語や時間の流れといったものがうかがえ、また質感や細部までの表現が超絶というかもう何をも超えたものとなり、多くの人を魅了します。大理石を葉っぱの一枚に至るまで丁寧に削り出したり、石なのに支えた指が食い込んだ太ももの
柔らかさやエロティックさ、あり得ないほどのヴェールの透明感… その表現力に言葉を失
うばかりです。

ずっと自分なりの作品を作り続けてきた結果、またバチカンでの仕事を請け負うようになり、ルーヴル宮殿改築の仕事でも声がかかります。

とにかくかっこいい生き方ですよね♪
ついでに、、、ベルニーニ自身も結構なイケメンさんです(*^^*)

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サルバトール・ムンディにみる陰陽

レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の名作とされていたサルバトール・ムンディ。2017年11月に美術作品史上最高価格(約508億円)で落札されたことで話題になったので、ご存知の方も多いでしょう。

サルバトール・ムンディは、ラテン語で「救世主」を意味するもので、イエスキリストを描いたものです。ダヴィンチの作品の一つであるウィトルウィウス的人体図では、ウィトルウィウスが「シンメトリは神の姿の現れであり理想の形」と提唱しているようにシンメトリの理想形が描かれており、サルバトール・ムンディもまた神を表現したのではという説があります。

ところが、正面を向いているものの左右非対称の表現で、左が男性的で右は眼が大きく頬もふっくらとして女性的。この点でも憶測が憶測を生んで様々な議論がされているようです。でも、誰も真実を知ることは出来ないのです。

なので、私も勝手に憶測してみました(^_^)
ダヴィンチほど理論も知識も絵画の技術もあったなら、表現したかったことはそのまま映し出されているのだと思うのです。神の理想形であるシンメトリの中にあえて、アシンメトリなものをいれバランスをとっているなら、これは陰陽の表れではと。キリスト教はよく知らないので陰陽という言葉を使ってよいのかはわかりません。けれど、光と影、男性と女性性と考えれば、腑に落ちたように思います。ま、勝手な憶測なのですが

Leonardo da Vinci, Salvator Mundi, c.1500, oil on walnut, 45.4 × 65.6 cm

ところで、サルバトール・ムンディはモナ・リザと同じモデルではと考察されている方も多くて、並べてみると、男女の違いは在れど左目が小さくて頬のふくらみ具合や鼻の曲がり方、肉付きなどディティールがよく似てます。

左右を分割して考察されているものを読むとなるほど納得な部分も多く、想像はますます膨らみますが、どこまでも想像でしかないのでしょう。謎だからこそ、魅力があるのかもしれませんね

Mona Lisa, by Leonardo da Vinci, from C2RMF retouched

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心臓や静脈のデキャンタで、、、

美味しいワインには、美味しくいただけるグラスやそれらを彩るアイテムがあると最高ですよね
そのアイテムの一つがデキャンタェ。
高価で年代物なワインには沈殿物がたまりやすく分離するためのデキャンタがつきもの。洗練された形のものもあれば、シンプルな形状のものもあったり様々。

そんなデキャンタを、なんと心臓をかたどった作品にしたものがこちら
イタリアのアーティストLiviana Osti氏の作品「Cuore」、Cuoreは心臓という意味だそうです


右心房と左心房に分かれていて、なかなかリアル(^_^) 赤ワインの色も相まって、なんとなく血の儀式を想像してしまいそうです。でも、カラフェ自体はとってもきれい。販売サイトが見つからなかったので、ずいぶん前の作品で完売しちゃったのかな

そして、もう一つ
こちらは動脈や静脈?のデキャンタ、Etienne Meneau氏の作品

赤ワインを注ぐと、、、イメージしてしまいます
デキャンタとして使わないなら、オブジェとしてきれいですね!


ちなみに赤ワインは一旦空気に触れさせることでおいしくなることから、若い赤ワインはカラフェを、年代物の上質ワインはデキャンタを使うそうです。デキャンタに蓋つきのものが多いのは空気に触れさせることが目的ではないからなんですね

医療関係の方が多くて、神経や骨、心臓などを彫ったことはありますが、静脈はないですね~
それぞれの医療の現場に従事されている方にとっては、最高のアイテムなのかもしれません

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投影

今日のブログは長いです。
そして、とっても私的なお話です

人はモノなどを見るとき、自分の心の状態や思考の癖を映し出します。それを心理学では投影といいます。色彩心理を学んだ際にユトリロの絵を研究課題に選び、使われた色を一枚一枚の絵から抽出して研究していました。

心理の研究とはいえ、ユトリロの心理がわかるわけではありません。で、何を研究するかというと当初はユトリロの色の変遷とその背景だったのですが、ふとなぜユトリロの絵を研究課題に選んでしまったのか自分自身の潜在的なものを知りたくなり、ひとつづつ自分の色歴史と合わせて分析してみました。けれど、やってもやっても見えてこないのです。講師に相談すると、何かを投影してみているものだけれど、それは「見えているもの」を見ようとしてもなかなか見えないものだといわれました。

課題はなんとか提出できたものの、なぜユトリロを選んだのかわからずじまい。

それから10年以上の月日が流れ、ある時、ユトリロの生い立ちと生き方がどことなく父に似ていることに気づきます。やっとです(^_^;) 父は、私生児として生まれ、認知してもらえず、戸籍上では実の母と兄弟とされ、中学を卒業したらすぐに丁稚。父の年齢で丁稚に行く人はもうずいぶんと少なくなっていたのですが、私生児や戸籍上のことなど、父のような人はいっぱいいたそうですから、珍しいものではありませんね。

父の実の母(私にとっては祖母)は、島暮らしをしている身体の弱い祖母の両親と父や祖母の実の兄弟たちを養うために島を出て働きにいき、父を身ごもったのですね。そのまま父を出産した祖母は曾祖母に父を預けまた働きに出ます。ですので、父は実母とは離れたまま愛情を受けたことはありませんでした。まだまだ甘えたい盛りの中学生の時には幼い兄弟たちの面倒をみ、卒業と同時に島を出て丁稚。ずっと甘えることはなかったのだと思います。

そんな父の生い立ちを高校卒業して家を出た後に叔母に聞いたのです。父が苦労をしていただろうということは知ってはいたけど、丁稚をしていたとか、そんな幼い時から苦労していたことなど知らず、苦労知らずの私には衝撃的なことでした。

自分が苦労したとかの昔話や愚痴・悪口など一度も口にしたことのない父。何一つ父の辛さや悲しさを知らなかったことに衝撃だったのです。

ユトリロの絵に惹かれたのは、絵を通して父の気持ちを見ようとしていたのではないかと。今となっては父の気持ちもわかりません(生きていても教えてくれなかっただろうけれど)。大好きな絵を見る時と違って、ユトリロの絵を見るときは、いつも心がざわつくのです。それはきっと私の中の父の影がまだ昇華してないからなのだと思うのです。

ユトリロの絵の話をすると、あの酔っ払いの絵だろーという人がいます(笑)確かに酔っ払いだったけど、酔っ払いになった過程を見ると、今まで見ていたユトリロの絵が違って見えるかもしれませんね


人が描かれるのはとても少なく、描かれる人物は後ろ姿の大きなお尻の女性が多いのです。お母さんを求めてたのかなと、いつも投影してみてしまいます

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せせらぎ(生徒さんの作品より)

切子などに使われる被(き)せガラスの器に彫った『せせらぎ』
生徒さんの作品です。柔らかな雰囲気が素敵なのは、彫っている方のやさしさが作品に入ったのだと思います(^^)


この季節にピッタリですよね♪
教室をやめてもうお会いすることがないのだけど、また会ってお話ししたいです

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