カテゴリー別アーカイブ: 9.アート、工芸

心臓や静脈のデキャンタで、、、

美味しいワインには、美味しくいただけるグラスやそれらを彩るアイテムがあると最高ですよね
そのアイテムの一つがデキャンタェ。
高価で年代物なワインには沈殿物がたまりやすく分離するためのデキャンタがつきもの。洗練された形のものもあれば、シンプルな形状のものもあったり様々。

そんなデキャンタを、なんと心臓をかたどった作品にしたものがこちら
イタリアのアーティストLiviana Osti氏の作品「Cuore」、Cuoreは心臓という意味だそうです


右心房と左心房に分かれていて、なかなかリアル(^_^) 赤ワインの色も相まって、なんとなく血の儀式を想像してしまいそうです。でも、カラフェ自体はとってもきれい。販売サイトが見つからなかったので、ずいぶん前の作品で完売しちゃったのかな

そして、もう一つ
こちらは動脈や静脈?のデキャンタ、Etienne Meneau氏の作品

赤ワインを注ぐと、、、イメージしてしまいます
デキャンタとして使わないなら、オブジェとしてきれいですね!


ちなみに赤ワインは一旦空気に触れさせることでおいしくなることから、若い赤ワインはカラフェを、年代物の上質ワインはデキャンタを使うそうです。デキャンタに蓋つきのものが多いのは空気に触れさせることが目的ではないからなんですね

医療関係の方が多くて、神経や骨、心臓などを彫ったことはありますが、静脈はないですね~
それぞれの医療の現場に従事されている方にとっては、最高のアイテムなのかもしれません

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投影

今日のブログは長いです。
そして、とっても私的なお話です

人はモノなどを見るとき、自分の心の状態や思考の癖を映し出します。それを心理学では投影といいます。色彩心理を学んだ際にユトリロの絵を研究課題に選び、使われた色を一枚一枚の絵から抽出して研究していました。

心理の研究とはいえ、ユトリロの心理がわかるわけではありません。で、何を研究するかというと当初はユトリロの色の変遷とその背景だったのですが、ふとなぜユトリロの絵を研究課題に選んでしまったのか自分自身の潜在的なものを知りたくなり、ひとつづつ自分の色歴史と合わせて分析してみました。けれど、やってもやっても見えてこないのです。講師に相談すると、何かを投影してみているものだけれど、それは「見えているもの」を見ようとしてもなかなか見えないものだといわれました。

課題はなんとか提出できたものの、なぜユトリロを選んだのかわからずじまい。

それから10年以上の月日が流れ、ある時、ユトリロの生い立ちと生き方がどことなく父に似ていることに気づきます。やっとです(^_^;) 父は、私生児として生まれ、認知してもらえず、戸籍上では実の母と兄弟とされ、中学を卒業したらすぐに丁稚。父の年齢で丁稚に行く人はもうずいぶんと少なくなっていたのですが、私生児や戸籍上のことなど、父のような人はいっぱいいたそうですから、珍しいものではありませんね。

父の実の母(私にとっては祖母)は、島暮らしをしている身体の弱い祖母の両親と父や祖母の実の兄弟たちを養うために島を出て働きにいき、父を身ごもったのですね。そのまま父を出産した祖母は曾祖母に父を預けまた働きに出ます。ですので、父は実母とは離れたまま愛情を受けたことはありませんでした。まだまだ甘えたい盛りの中学生の時には幼い兄弟たちの面倒をみ、卒業と同時に島を出て丁稚。ずっと甘えることはなかったのだと思います。

そんな父の生い立ちを高校卒業して家を出た後に叔母に聞いたのです。父が苦労をしていただろうということは知ってはいたけど、丁稚をしていたとか、そんな幼い時から苦労していたことなど知らず、苦労知らずの私には衝撃的なことでした。

自分が苦労したとかの昔話や愚痴・悪口など一度も口にしたことのない父。何一つ父の辛さや悲しさを知らなかったことに衝撃だったのです。

ユトリロの絵に惹かれたのは、絵を通して父の気持ちを見ようとしていたのではないかと。今となっては父の気持ちもわかりません(生きていても教えてくれなかっただろうけれど)。大好きな絵を見る時と違って、ユトリロの絵を見るときは、いつも心がざわつくのです。それはきっと私の中の父の影がまだ昇華してないからなのだと思うのです。

ユトリロの絵の話をすると、あの酔っ払いの絵だろーという人がいます(笑)確かに酔っ払いだったけど、酔っ払いになった過程を見ると、今まで見ていたユトリロの絵が違って見えるかもしれませんね


人が描かれるのはとても少なく、描かれる人物は後ろ姿の大きなお尻の女性が多いのです。お母さんを求めてたのかなと、いつも投影してみてしまいます

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せせらぎ(生徒さんの作品より)

切子などに使われる被(き)せガラスの器に彫った『せせらぎ』
生徒さんの作品です。柔らかな雰囲気が素敵なのは、彫っている方のやさしさが作品に入ったのだと思います(^^)


この季節にピッタリですよね♪
教室をやめてもうお会いすることがないのだけど、また会ってお話ししたいです

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製作中で止めてたもの -東郷青児のレダ-

もう7年前になってしまう。彫刻途中で放置したもの

当時、東郷青児のレダというお題をいただいて製作をするにあたり、東郷青児について調べたのですが、なんというか破天荒でバランスの超絶悪さにとまどいをおぼえたことを思い出します(でも今ならうっすらとだけど理解できます)。バランスの悪い素晴らしいアーティストは多く、そのバランスを作品でとっているのではないかと思うほどです(^_^)

初出品にして二科賞を受賞し、その後も二科会のドンと呼ばれるほどの才能を持ち合わせた東郷青児。ただその二科会でどんちゃん騒ぎの中、裸になったり、私生活でもガス心中事件を起こしたかと思えば、その事件を取材するために訪れた宇野千代と意気投合しいきなり同棲生活を始めるなど、話題に事欠かない人だったようです。見た目もかなりのイケメンさん(写真の著作権がわからないので掲載しません。気になる方は検索してみてくださいね)

もともと未来派、前衛派で出発した東郷青児ですが、竹久夢二を思わせる美人画を書くようになったのはもっと後のこと。このレダにあるようなしなやかな指、細くくびれたウエスト、どこか現実離れした少女のようなフォルムと繊細なグラデーションが東郷青児らしい気がしてます。

で、表題のレダについて
レダは、ギリシャ神話にあるスパルタ王の妻。その美しさに横恋慕したゼウスが白鳥に姿を変えて誘惑するのです。多くの画家がこのレダをモチーフに絵画を描いてますが、東郷青児の絵ほど憂いとはかなさのあるものはないのではないでしょうか? で、この憂いとはかなさが私に欠落してて違和感があり過ぎたのかもと思ってます。最近になって、命のはかなさについて考える機会が増え、東郷青児の目指したところとは違うところではありますが、少し見えてきたような気がするのです。

ということで、マスクがダメになっているかもしれないけれど、このまま彫り続けてみようかな

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ガラスの歴史  ローマンガラス

古代メソポタミアの時代から始まったガラスの歴史。キャスティング(鋳造)やコアガラスと呼ばれるメソポタミアの技法は現代でも使われていますが、ひとつづつガラス芯や鋳造型を作る為、時間がかかり高価なものでした。しかし紀元前1世紀のローマ帝国時代、吹きガラスの技法が発明され、ガラスの歴史は一変します。

現代では、ひとつづつ成形する吹きガラスは、工場で大量に生産できる成型ガラスから比べると手間のかかる製造方法で、とても高価なものですがローマ帝国時代では、画期的な方法だったのでしょう。鋳造やコアガラス技法で製作する際にかかっていた時間は大幅に短縮され大量生産が可能になり、低価格を実現。ごくわずかな裕福な人達しか持てなかったガラス器が一般庶民の器として広がり、日常的につかえるようになったのです。器だけでなく皿や瓶、鉢、置物、窓ガラス、ランプなどにも応用され、これらの品は交易品として世界各地に広がっていきました。

こうなると産業だけでなく、芸術としても発展します。ローマ帝国以前のプトレマイオス朝時代で生まれたミルフィオリなどを受継ぎ、新たに生まれた様々な装飾技法とともにこのローマ帝国時代で進化していきました。

一方、日本では古墳時代にこのローマンガラスなどが伝わったとされています。そしてファンの多いヴェネチアンガラスは、これらを受け継ぎながらうまれ、7世紀前半には中近東一帯を皮切りにイスラム文化圏で、エナメル彩や金彩など美しい装飾技術で高度な発展をとげます。

しかし、これだけ発展を遂げたにもかかわらず、古代からのガラス技法は今も受継がれています。大量生産ができないだけに一般で目にすることはほとんどありませんが、それぞれの技法でしか表現できないものがあり、それに魅了されたコアなファンも多いようですよ。私もその一人です(^^)v

Cirkusbæger-fra-Varpelev DO-2608 original

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誰でもピカソ

「アート」を学んだ起業家は成功するという記事がありました。前にもアートは思考の壁を取っ払ってくれるのだと話していた起業家がいて、その方は油絵に始まり、お茶や生け花までたしなんでました。

アーティストとは呼べない私ですが、ものづくりをしているものとして、確かに志向の壁があると生まれないものがたくさんあって、アートを学ぶことはその助けになるのは納得。ただ、アートでなくても色々なものを体験していると、その壁は簡単に崩せることもあるのだと思うのです。

それよりもアートが魅力なのは、心をさらけ出せることではないかと。
子供が熱心にお絵かきをしているのを見るとわかるでしょうか。気になったものを大きく描いたり、全く概念無視の絵をかきます。ただただ色を塗りこんでいることもあります。上手く言葉で表現できない子供にとって絵や色は感情を表出しやすい手段なんですね。アートは見るだけでも感情を重ねあわせることができて、癒しにもなるし、心の表出もできるもの。
 
 
 
自分ではアートは生み出せないと思っていることこそ、できない概念があるのかもしれません。今すぐにでも誰でもピカソになれる、、、そんなことを思わせてくれる動画です

PIGCASSOちゃんは、ペイントに興味を示したことから、養豚場から救い出され食肉の運命からアーティストになったのだそうです。今年の1月にはなんと個展まで開催されたのだとか(^^)

インコや象のパフォーマンスは何度か見たことがありますが、豚が自分でインクをつけながら描くのには、びっくりで感心しました。なんともロックな感じで楽しそうですね♪

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産業と芸術、それにちょっと横暴とも思える欲のおかげで

ガラスの歴史は古代メソポタミアに始まるとても古いもので、生活に必須だった呪術や器などに使用され、産業として発展してきました。産業が発展するところには芸術もあり。磁器もガラス同様で、世界を渡り産業や芸術の世界で発展を遂げたのです。

中国から、始めて西洋に磁器が渡ったのは12世紀ごろ。その頃、西洋にはくすんだグレーや赤褐色の陶器しかありませんでした。そんななかで、中国の白くて硬い、また薄く光にかざせば透き通り、音も澄んでいる美しい磁器に、西洋人は魅了されたのです。

17世紀頃の西洋の王侯貴族や富裕層の間では東洋の「白い磁器」など東洋への憧れのシノワズリが大流行。これにより中国や日本から膨大な磁器が輸出されました。東洋から運ばれてきた磁器は「白い(黄)金」と呼ばれ金銀や宝石と同様かそれ以上の価値を持つものとして宮殿や大邸宅に飾られます。やがて権力者たちは自分たちで磁器を作ることで東洋に流れる膨大な富を得られると考えヨーロッパ各地でその事業に取り組みました。

最も熱を入れていたザクセン王アウグスト二世は時の錬金術師ベットガーを幽閉し、白磁器の研究を強要します。そうして9年間にわたる試行錯誤の末、ベットガーは、カオリン(磁器土)を使い白磁器の製造を成功させました。この成果を元にマイセンに「王立ザクセン磁器工場」が建てられ、製造の秘密を守るため工房をアルブレヒト城に移設。ですが、陶工たちの逃亡や買収などによりドイツから広まって、ヨーロッパ全土で白磁器が作られるようになっていったのです。

産業と芸術、それにちょっと横暴とも思える欲のおかげで今では白い磁器は安価で品質の良いものが大量に生み出せるように。といっても芸術品はやはり大量にできるものではなく、価格はえっ!と驚くほどの高級品。技術が進んでいるだけに百均のものと一瞬では判別つかないかもしれませんが、見る人が見ればわかるというもの。どの世界でも同じですね。陶器や白磁、さっぱり見る目がないので、養いたいものです

 

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